烏丸陽佑のユウウツ
「置いて貰う代わりに、ご飯や掃除、洗濯、身の回りのお世話をさせてくださいというので、別に良かったのですが、私は甘えさせて貰う事にしました。…その方が居やすいでしょうから。
朝は一緒に出勤しました。帰りはどんなに努力してもいつも一緒という訳にはいきません。どうしても私は遅くなります。
それでも可能な限り急いで帰りました。ドアを開けると途端に美味しそうな匂いがしました。いいものですね、人が居る、というものは。
ご飯が用意されています。…温め直して出してくれます。
風呂にも直ぐ入れました」
羨ましがらせたい訳だ…まあ、約束だ…真面目に用意するだろう…。
「なまじ一緒に生活するものではないですね」
…そうだな。
「他にも小さい事も話せば色々あります。…気の利いた事をしてくれる。
今日で最後ですね、と言われた時の喪失感といったら…」
ん…それは前に黒埼君も微妙に味わった感情だな。しかし、こんな話を俺にして…どういうつもり…。
「部屋は勿論、彼女用に提供していました、鍵もかけられます。…はぁ、だが、毎晩、このドアの向こうに居るのだと思ったら…自制出来るのにも限界があると思いました。
…馬鹿ですね、男なんて。あー、勿論、誓って何もしていませんよ。
何故、いきなり来てこんな話を…詳しくしているのかと思われましたよね?
…何でもない話の中で出て来た貴方が、少し、気になりました。だからこうして来てしまいました。
武下さんが私の部屋で生活をしていた事、気になったのではないかと思いまして。
どんな人なんだろうと。…私が聞いて、ここを教えて貰ったのではありません。前から、この場所に来ていた事は知っていましたから」
…ほぉ……梨薫ちゃんの事なら、何でもお見通しって訳だ…。
「そうでしたか。
私の事なら、気になさる事ではありませんよ?ご覧の通り、ここはバーです。店ですから、贔屓にしていてくれただけです。それ以上の事は何も無い。ありません。
もし…何かを…勘違いをさせてしまったのなら、それはここだけの、男女の駆け引きみたいなやり取り上の事です。ここはそういう場所で、私はそういう人間で、それをお互いに楽しむところですから。
…バーテンダーは職業柄、信用のならないモノです」
…。
「そうでしたか」
「はい」
「私の勘も鈍ったという事かな…」
…それは知らないが。
「では、敵は黒埼一人という事か…そうですよね?」
牽制と、一度否定したモノは再発させるなよって、念押しですか…。
「さあ…、黒埼君以外にも言ってないだけで思っている人間は居るかも知れないですよ?
会社にもですが、それ以外の人間も、居るかも知れない」
「あー、それはそうでしたね。曖昧で…本人に、はっきり言わない奴も居るから」
…。
「では…すみませんでした。しまっているところに突然お邪魔してしまって。帰ります」
ゆっくりと腰を上げた。
「いいえ。お気をつけてお帰りください」
送り出そうと思ったら、椅子から立った場所で、ここでと止められた。
それでも外まで送った。
どうやら車は道の駐車枠に停めているらしかった。これでは初めから…飲めないわな。いや、最初から飲むつもりは無い…。
表通りに出て精算を済ませ車に乗り込むと、走り去って行った。
……はぁ、何とも…勘の鋭い人物だ…。