烏丸陽佑のユウウツ
「梨薫ちゃん…帰るんだろ?…起きろ…梨薫ちゃん…」

「……んー…」

部屋はほぼ真っ暗に近かった。テレビは消えていた。店を閉め着替えを済ませて梨薫ちゃんを起こしに来た。

「起きろー。早く帰って寝直さないと朝になっちまうぞ?ほ、ら…梨薫ちゃん、起きろ」

肩の辺りに手を置き軽く揺すった。

「…ん…ん、は、い。…はい…んー…。すみません、はぁ…あーー………ふぅ。
普通に熟睡してしまいました。何だか、この固めのマットだと寝付きがいいみたいで。お泊りしてる内に身体が馴染んだのかも知れな…。うちのが、もう弱ってるのかなスプリング…」

引っ越ししてないって言うし、ベッドもずっとそのままか…。

「替え時はとうに過ぎてるのかもなぁ。ま、普通に寝てたっていうなら、いいんじゃないのか?…妙な夢は、今日は見なかったのか?」

「んー、多分、そうみたいです。記憶に無い…です…はぁぁ、ふ」

そう言って欠伸を噛み殺していた。…そっか。俺、ちょっとガッカリしてる?俺の夢、見たとか言うから…どんな内容でもまた夢に出て欲しいと思ってしまったか…。フ…。
欲張りは禁物なのにな。はぁ…何の欲張りだ。夢で何かあっても現実は変わらないっつうのに。

「はい、ヒール履いて。…帰るぞ」

コロンと倒れていたヒールを、足を下ろす辺りに揃え直した。

「…は〜い。有り難うございます。ん~…よい…しょ。…んー、ぁ、ふ」

…全く…はぁ。両腕を高く引き上げるようにして伸びをすると、口元も隠さず欠伸をした。さっき噛み殺したからすっきりしなかったんだな。本当、素だよな。フ。
布団から足を出しながら身体の向きを変えた。

「はい、バッグ。一応、中、確認しておけよ?財布が無くなってるとか、部屋の鍵が無いとかさ。この期に及んでそんなオチも無いだろうけど」

「はい。それは無いですよ。えっと…財布、あります。…えー、鍵、…鍵。か、ぎ。無い…え?!無い…」

ヒールに足を入れていた。膝に乗せたバッグの中に手を入れ、がさがさと探っていた動きが止まった。

「あ?…は?嘘だろ?無いのか?」

「無い…無~い…え?無いです…無いです、陽佑さん…」

焦ったように中を掻き回すようにして覗き込み、外ポケットも手を入れ何度も探っていた。

「冗談はいいから。面白くしようとして、話、合わせなくていいぞ?帰るぞ?…ん?
…本当に無いのか?」

「…無いです。本当に鍵が無いんです。……あっ!」

「お゛。どうした、あったのか?」

「ううん、でも…、やっぱりそうだ…」

探すのを止めたと思ったら勢いよく立ち上がった。少しぐらついた。

「おっと。何だ、何がやっぱりなんだ、何か心当たりがあるのか?」

両肩を掴むようにして咄嗟に支えた。

「あ、すみません。はい。えっと、うちにあります、多分」

またストンと座った。

「はぁあ?どういう事だ、うちって。最初から持ってなかったのか、掛けずに来たのか」

首を振った。俺も隣に腰を下した。

「掛けました。掛けたけど…それを鍵穴に差し込んだままです…うん、きっと、そう。そうです、間違いありません!」

「ば。…んん。そんな事、どうだか解らないだろ」

また首を振った。

「ううん、間違いありません。浮かびました。差し込んで抜き忘れた映像が…確かに記憶にあります、はい、家にあります」

だったら何故、抜かなかったんだ。何故そこに置き去りにする…。て、それを突っ込んでも今はしようがないよな。無いのは確かなんだし。
しかし…よくあることなのか?…。とにかく帰ってみなけりゃ解からないか。
考え事でもして、ボーっとしてたって事か…。ボーっとな。

「ん゙。取り敢えず帰ってみるか。あっても無くてもそれからだな。差したままって言うのが本当なら、色々まずいから急ごうか」

「あ、はい。そうですね。あ゙ーんもう…でも無かったらどうしよう…」

いや、心配はそこより、誰かに侵入されてないかって事だ。
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