友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~
二人で後片付けをしてから、ダイニングテーブルに離婚届を置いた。
「書くか」
「うん」
ペラペラの紙に、自分の名前を書く。
婚姻届を書くときは、あっと言う間に書いた気がする。
でも今は、一文字一文字、ゆっくりと丁寧に書いていく。
静かなリビングに、食洗機の音だけが響いていた。
ぎゅっとハンコを押してから、机の上を滑らせてのぞみに渡す。
のぞみもゆっくりと書く。
少し体を傾けて書くのが癖。
ペンを持つ指はほっそりとしている。
これが最後かと思うと、たいしたことないと思っていたことも、すごく重要な気がした。
ハンコを押して、のぞみが小さく息を吐いた。
「これ、明日出したら終わり」
そう言った。
「のぞみ」
「うん?」
笑顔のまま、顔を上げる。
琢磨はポケットから指輪を取り出した。
離婚届の上に二つのせる。カタンと小さな音がした。
「これ……」
のぞみがつぶやく。
「のぞみのサイズを知らないのに、勝手に買ったんだ」
琢磨は言った。
のぞみはゆっくりと手を伸ばし、指輪を人差し指で触った。
「結局、俺はのぞみにこれを渡せなかった。どこか歪で、どこかわがままなこの結婚を、この関係を、俺は胸を張って友達に言えなかった。大崎にも、もっちゃんにも、高校時代の友人誰にも、俺は言えなかった。これが俺たちの結婚生活だったんだと思う」
言葉にすると、それは真実になり、重みを増して、二人の心に沈み込む。
「指輪、持ってて」
琢磨は言った。
「俺たちが確かに一緒にいたっていう証で。はめてあげることはできなかったけど、のぞみにはずっと持っててほしい」
「……うん」
のぞみは指輪を手に取った。
「大切にする」
そう言うのぞみに、琢磨は「すぐには売るなよ」とからかう。
「売らないよ」
のぞみは指輪を握りしめた。
「宝物にする」
そう言った。