God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

計られている

「明日の日曜日なんですが」
校舎の案内図。
文化祭ステージ・プログラム。
6組模擬店の割引券と、右川の5組がやるバザーの案内チラシ。
阿木から貰った茶道部の体験チケット。
俺はカウンターの上に、1枚1枚を並べて、「お忙しいとは思うんですけど、来れたらでいいんで、文化祭に来てもらえませんか」
そう来るとは思わなかった……右川は、もじゃもじゃ頭をピクピク震わせる。
山下さんはプログラムを取り上げて、
「朝って9時からやってるんだ。最近は早いんだね」
穏やかな笑顔に100パーセント救われる。正直、こんな無謀なお願い、緊張で胸が潰れそうだった。作業の手を止めてしまったのに〝面倒くさい〟とか〝邪魔だ〟とか、例え思ったとしても顔には出さない。
山下さんとは、そういう人だ。
「すみません。こんな事で」
他に言葉を持たない。
そこで山下さんは、茶道部の体験チケットを手に取ると、
「うん。行こうか」
ゲット?
マジですか?
それが聞けただけで、もう十分。
チラと右川の様子を窺った。
聞かなかった事にすると言わんばかりに、全てから背中を向けて、物欲しそうに山下さんを見ている。山下さんが来ると言えば右川も来る。嫌でも来る。来ない訳にいかないだろう。
朝一番でさっそくやって来て、余計な事しないでよ!と刃向ってくる姿が容易に想像できた。思いがけず、山下さんの興味を俺なんかに、まんまと奪われて、悔しいに違いない。けけけ。
そんな、してやったりの気分は一瞬の事。
「ほ、本当?明日、日曜日だよ?アキちゃん、本当に出て来れるの?」
何かを恐れるように小さな声、右川は山下さんの側に寄り添った。
「うん。大丈夫。休めるよ」
うっわー!!
右川は山下さんに横から飛び付いた。
「ね、ね、そしたらさ、1年生の模擬店が美味しいの!一緒に食べようね。良く当たる占いとか、雑貨も。あ!手作りのプラネタリウムもある!野球部の焼きソバはお持ち帰りで晩ゴハンにするんだよ。絶っ対だよっ!」
山下さんにしがみつき、ぴょんぴょん飛び上がって、あれもこれもと文化祭グルメを連呼した。見ているこっちが恥ずかしくなる。
てゆうか、見苦しい。
俺は目をそらした。
右川が、そうやって、はしゃぐから……。
風が起こって飛ばされてしまった文化祭の色々を、俺は黙って拾って回った。
いつかの、俺に向かう馴れ馴れしさは作られた物。それは分かっている。山下さんの腕を取って嬉しそうに飛び跳ねるその姿が本物だと、それも今分かった。
ここまでその違いをハッキリ見せつけられると正直ムッとくるし、せっかく持って来た文化祭情報を蔑ろにされたら、いくら俺だって……哀しいだろ。
本当に一瞬死にたくなった。本気出したら泣けるぞ。
山下さんが、「こら。友達のまえで」と浮かれる右川を制した。
「アキちゃん、本当に大丈夫?他に約束とか入ってないの?」
せっかく休める日曜日。当然というか、店が無ければ、山下さんのプライベートに何か別の約束が入ってもおかしくない。
右川は文化祭に浮かれる気持ち以上に、そこを確かにしておきたいと……何だか、右川の目論見に利用されている。
「約束?それって、たまに日曜日に食べにくる親父さんの事言ってんのか」
山下さんはイタズラっぽく笑った。
「明日は誰も来ない。……カズミの親父さんも、もう来ないと思う」
それを聞いた時、何故か少しだけ、右川が寂しそうに見えた。
そこまで親を思うなら、今よりもっと家に帰ればいいのに。
体操部のマフィン。
剣道部のアメリカン・ドッグ。
アニ研特製〝けもフレ〟スマホ・ケース。
お目当てを連呼して、右川は浮かれて浮かれて……エクボは、くっきり健在だ。
「沢村くんとこのバレー部って、ステージで何やるの?」
「あ、いや、そこは見なくていいです。てゆうか来ないで下さい」
山下さんは目を丸くした。
明日のステージには危機感を感じています……事情を打ち明けると、
「それを聞いたら行きたくなっちゃうよな?」
山下さんは笑いながら、右川に同意を求めた。
「アキちゃん、映画研究会が面白いドキュメント作ってるから、ステージよりそっちを見ようよ」
「映研?まだあるんだ。阿佐谷先生ってまだ居るの?」と、それは俺に向けられたのだが右川が割り込んで、「知らな~い。アキちゃんの頃の先生って、もう誰も居ないよ」
「バレー部って模擬店もやってるじゃない。大丈夫?食って平気?」と、それも俺に真っ直ぐ。
「だめだめ!それなら家政クラブのケークサレの方がマシだから」
ケー……?
右川の言ったそれが何なのか、分からないでいると、「お惣菜なんだけど、ケーキみたいな形をしてるんだよ」と、山下さんに教えられた。
「そう言えば試食にもらった時、そんな感じでした」
あれってそうなの?と、問い掛けた俺を、右川はサクッと無視して、
「ねー、こないだ貰ったマグカップも使わないからバザーに直行してい?」
山下さんは、腕にもつれてくる右川を無視して、
「へぇ。沢村くんも食べたんだ。それ、どうだった?」
ハイ。
はっきり分かりました。
山下さんは、右川に立て続けに無視される俺に、気を使っている。
「手芸部と美術部がコラボしたキルト・カバーが可愛いの。2階のテーブルに欲しいなぁ。あとねあとね!うちのバザーに傘立てがあった!お店のヤツ、もう古いから取り換えよ?それとね!文芸部が冊子に付録で付けてるミニ・トートバッグ。これって限定先着5名なんだよ。早く行かなきゃ!」
右川は立て続けにまくし立てる。さすがの山下さんも挟む余地は無かった。
もう、いい。
地味に、邪魔はしない。
無視どころじゃない嫌がらせは散々あった。今さら、凹むような事でもないし。
とはいえ、うっかり溜め息をついてしまった所で、山下さんと目が合った。
喋り続ける右川を片手で軽くあしらいながら、何故か俺の方がずっと見つめられている。それはいつかの〝頼むよ〟とも〝悪いね〟とも違う色に感じた。
〝一体、どれほどの覚悟で君はここに居るのか〟
計られている。
そう感じた。
そこに、来客。俺は山下さんに静かにお礼を言って、右川亭を後にした。
逃げ道が、勝手にやって来てくれて、正直助かった。あのまま、山下さんに探られながら、その場に居られる自信が無い。
後から考えると、中途半端に関わるなという警告のようにも見えたし、何だか例えようのない謎の期待感が漂っていたようにも感じる。
そんな期待感に合わせて、堕ちていくような絶望感までもが、同時に襲ってきて……だからといって、死んでる場合じゃない。
黒川から、時間と場所変更の連絡が来ていた。
明日は、とうとう晴れ舞台(?)。
溜め息ともつかない大きな深呼吸を1つ、ノリ達の待つ作戦会議に向かって駆け出す。



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