God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

「沢村くんも一緒にやろう」

もう何も怖くない。
その後のバスケ部ヤサぐれ踊りは、大笑いもシラケも無く、まるでオブジェの扱い。静かに体育館を空にした。
部室で制服に着替えた後、こうなった勢い、そこから茶道部を巡る事に。
誘ったのは俺だから……だから、山下さんが来てくれたかどうか気になるし。
ますます賑わいを見せる模擬店を横目に、いい匂いに惑わされながら、見取り図を頼りに茶道部の指定の場所に向かった。
校長の趣味だと勝手に思われている盆栽や樹木の生い茂る一角に、茶道部の展開するお茶のコーナーはあった。そこまでの距離、およそ5分、
何故か周囲からクスクスと笑われながら辿る事となる。まさかもう、さっきの画像とか何とかが出回っているのかと思っていたが、そうではなかった。
茶道部に、「ちわ」と到着した途端、浴衣姿の後輩らしき女子部員2人が俺を見て、ブーーッ!と吹き出す。
「せ、先輩、顔が……」
慌てて鏡をもらうと、黒川の失敗メイクの名残り、赤やら黒やらが、もうベッタリと残っていて……何で誰も教えてくれないんだ。ノリの奴!
(もう無傷ではいられない。覚悟しろ。)
こんな顔を右川に見られて、汚れた仏像!と突っ込まれるのも癪だと、ウエットペーパーを貰って、急いで拭った。
体験チケットと引き換えに、お菓子を貰う。
ちょうど昼メシ抜きでお腹が空いていた事もあって、その場でポリポリやった。手作り感満載。これはいい。美味いな。
「へぇー……」
樹木と盆栽という緑を眺めながらの、お茶体験。
長椅子には赤い布を掛けて風情を醸し出している。
「うまく作ったじゃん」
「この場所にしようって、阿木先輩のアイデアなんですよ」と後輩女子が教えてくれた。「そっちに座敷もあります。椅子席も作りました。靴を脱いだり足を崩したりが面倒っていう人もいるかなーって」
それで椅子に腰かけて、カジュアルに味わう事も出来るという訳か。
5つある赤い長イスは、そのうちの3つが来客で埋まっていて、それぞれに部員が1人付いてお世話している。
普通に考えて、この辺は人の流れからは遠くて見落としがちな場所だ。
だがよく考えたら、それって静かな場所だとも取れる訳で。緑を眺めながらというのも斬新で惹かれるし。……上手い。感嘆。脱帽。これぞ驚く側に居た甲斐があるというもの。
「右川先輩、お待ちかねのお客さんですよ」
何故かそう教えられて、右川がキャッキャッ言いながら、後ろのカーテンの中から嬉しそうに出てきた。何だかやけに力の入った青地の浴衣で、まさかと思うが、微妙に化粧もしている。
お待ちかねとは……さっそくキレ芸かと思いきや、
「どこ?」と右川は目をキョロキョロとさせた。
「あれ?沢村先輩の事じゃないんですか?」
右川は、そこで初めて俺と目を合わせて、一瞬で表情を曇らせた。
「こんなポンコツ、呼んでないっ!」
何て言い種だ。「一応、こっちはお客なんだけど」
せっかく、こっちから出向いてやったのに。いらっしゃいませ♪どころか、サボった事がアキちゃんにバレたよあんたのせいで!そう言ってる顔だ。
さすがに、浴衣姿でゴム手袋はしていなかった。
報われぬ恋に、おまじないも根を上げたか。
いや、恐らくは願いが叶ったと同等の出来事が、これから起こる……。
「あ、来たぁ!」
俺をド突き倒して、右川は山下さんに駆け寄った。
可愛い存在のためにノリノリとは、これか。
現れた山下さんは、店で見掛けるジャージにエプロンとはまた違った雰囲気で、一見、スーツと見間違うようなダークなジャケット・スタイル。これを可愛い存在とは、ちょっと失礼な気もする。俺らなんか、足もとにも及ばない〝大人〟だ。
山下さん、本当に来てくれた……そんな、ドラマティックな感動で胸が一杯になる筈が。
「バレー部、見たよ」
秒殺。
「あ、や、それは……」
俺は頭を抱えた。「もう、忘れたいんです」
何の事?そんな表情で山下さんを見上げる右川に何の説明も無く、山下さんは笑い続けた。そして、そんな屈辱のトピックは一瞬で終わる。
「右川先輩のお兄さんって、超イケメンじゃないですか!」
こんな具合で、そこら辺の女子が一斉に色めき立ったからだ。まぁ、納得だ。
右川は、得意半分、焦り半分という複雑な所だろう。より一層、山下さんの腕に強くしがみつく。
「アキちゃん、お座敷でやって」
右川に促されて、山下さんは畳4畳半ほどの一角に引っ張られた。
「そうだ。沢村くんも一緒にやろう」
え?
「アキちゃん、沢村は念仏で忙しいから無理無理無理無理無理無理無」
「やります」
3秒の沈黙の後、満を辞して、チッ!と来る。
「アキちゃんの為だけに!用意したんだよ」という座敷に、山下さんと一緒に上がり込んだ。
テレビでしか見た事のない道具一式。その側に、やけに質素な花が活けてある。
何処かで見た事ある気がして、「これ、何ていう花?」と右川に囁くと、「100均の造花」……そんな、身もフタもない。
そこで山下さんに言われて、真向かいに、右川と横並びで座った。
思わず、「これって、山下さんとおまえは立場が逆なんじゃないの?」
「いーの。アキちゃんの方が詳しいんだから。てゆうか、黙ってて。あんたは居るだけで地味に邪魔なんだから」
そこで、「カズミ」と、山下さんから喝が入った。
これまたテレビでしか見た事のない手つきで、目の前、山下さんが柄杓やら布きれ(じゃないだろうけど、そうとしか見えない)、鉄瓶を優雅に扱い、しばらくその流れるような作業に目を奪われる。
「沢村くん、楽にしていいんだよ」
それを聞いて、「うん♪」と、何故か右川がズルッと足を横に崩した。
「カズミは駄目だろ。それだと着物作法の意味が無い」
右川は、ぷーっとワザとらしく膨れて見せて、また真っ直ぐ座り直した。
俺は背筋を伸ばして足に力を込める。
楽にしていいと聞いてもそう易々と崩せない事を、俺は気配で感じた。
座敷の周りで、浴衣姿の後輩女子、偶然に居合わせた来客、それが束になって興味深々、覗いているのだ。
「何だか、優雅ねぇ」
「姿勢も良いし、羽織袴とか着たらきっと映えるわよぉ」
「おやま。格好良い先生だわね」
「こんな雰囲気の男子が入って来ないかなー」
「そしたら女子部員も、もっと増えますよね」
当然というか、全て俺の事ではない。みんながみんな、山下さんに釘付け。
男の目から見ても頼れそうな見た目とか、緊張をほぐしてくれる優しさとか、これは女子だって放っとかないだろう。右川じゃないが、山下さんを独占したくなる気持ちも分かる。
お辞儀をして茶碗を差し出して……その手付きより何より、山下さんの手のあかぎれに目が吸い寄せられた。立場は違えど同じか。だがそう言っては失礼なくらいに、俺どころじゃなく傷めている。
「泡を立てないのが〝表〟。モコモコにするのが〝裏〟だっけ?」
突然、右川がそう言うと、「うん」と、山下さんがそれに頷く。
「「ま、どうでもいい事だけどな」」
2人の声が重なった。右川は、フフフ♪と愉快に、幾分かしこまって笑う。
何の事?
すがるような目つきで合図を送ってみたのだが、それを右川は明後日の方向に流して無視した。
「裏千家とかって、聞いたことある?」
「あー……あります」
だがそれもテレビだけ。そこで山下さんから〝流派の違い〟を説明された。
簡単に言うと……お茶に泡が立つ方が、裏。
こういう時、思うのだ。
〝泡〟とか〝立つ〟とか〝裏〟とか、こんな厳粛な場に限って、不謹慎な事が浮かぶのは……多分、緊張のせいだな。(永田のせいでもある。)
最初に右川がやって見せた。お辞儀からして、普段からはまるで別人。
やっぱりどこかにファスナーでも付いているんじゃないかと疑う目で、その様子をガン見する。
「これ、砥部焼だな」 山下さんが陶器を取り上げた。
「と、べ?」 じっくり見てみる。よく分からないけど、何時代?
「試験にでるかもしれない」
「え?そうなんですか?」
「沢村くんが今、そんな顔したなと思って」
うわ。
まるで見透かされている。というか、さっきからずっと笑われている。
俺史上、初チャレンジは、「こうやって。こう」と、山下さんに教わりながら、恐る恐る口元に運んだ。「初々しいな」と、山下さんは微笑む。その笑顔に、また少し緊張が解けて……もう周りを気にする事無く、自然にひと口ふくんだ。
よくテレビでは、苦ぁ~い!と、顔を歪める場面を見るけれど、そこまで味は悪くない。抹茶の味に慣れているからかもしれない。
普通に味わって飲み込んだ。
うん。
〝裏千家〟イケてる。やっぱり泡がある方が、俺の好みとして、断然だ。
点てた人の腕前もあるのかもしれない。泡が細かく柔らかく、適度に人肌で、こっちはもう無抵抗だった。自然に口の中に溶け込んで。
「〝君はその一瞬、初めてのキスを思い出すかもしれない〟」
ゲホッ。
俺は見事に、抹茶のミドリを吹き散らした。「す、すみません……」
山下さんは、クククと笑って、
「男子はいつまでもウブで可愛いな。見ろ。カズミなんかピクリともしない」
その〝カズミ〟は……顔に浴びた抹茶の粒を拭いながら……震えながら、俺を厳しく睨んでいた。アキちゃんとの楽しい時間が、あんたのせいで台無しだよ!と言ってる目で。
一時中断。
茶道部総出で慌ただしくそこら辺を掃除するという展開となった。
ペコペコするしかない。
気付いたら右川が居ない……と、思ったら、何やら顔中をズブ濡れで何処からか戻ってきた。俺を睨みながらカーテンで仕切られた向こうに1度消えて、化粧も何も消えたツルンとした顔で出てくる。
その後、山下さんと右川の2人は仲良く腕を組み……というか、右川が山下さんの腕に勝手にまとわりついて、「ねぇ、化学部が面白いのやってるよ♪」と向かっていった。
山下さんに、やれやれといった雰囲気が漂っていると感じるのは気のせいか。
貼りつかれて嬉しいという様子からは程遠いように見える。
いつかの俺も、でしたけど。
そこに戻ってきた後輩女子が、2人の後ろ姿を見てケラケラと笑いながら、
「もお!進藤先輩が〝イケてる、いっこく堂〟って言うからぁ」
それにはウケてしまった。お返しとばかりに、
「ちなみに、俺と居る時は〝ペットの散歩〟だよ」
当然ウケると思い込んでいたのだが、女子2人は困ったように顔を見合わせて、
「そんな事言っていいんですかぁ?彼氏なのにぃ」
当然、取り合わなかった。
遠くなる2人の姿を、ずっと見送る。いつかのように山下さんは片手で右川をあしらいながら、そこで首だけ俺を振り返って、頷いて見せた。
まるで、何もかも分かっていると言いたげな。やっぱり少し寂しそうな。
いつかの〝あれ〟が、バレているとか……まさか、そこまでは見透かされてはいない筈だ。
俺は一礼を返した。
何の覚悟もありません。期待されるほど、見通しは何もついていません。
もどかしく……鈍い一礼である。

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