God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

『美術部。カフェです』

「は!?あんた、あたしにケンカ売ってんの!?」
これは右川ではない。
2年6組。
「ちょっとカレー、もらえるかな」と店の裏からこっそり呼びかけた時に帰ってきた台詞が、これである。お客が殺到したお陰で誰1人1度も休憩していないと、現場は文字通り、殺気立っていた。
カレーは恵んで貰えないまま、校内を彷徨っていると、朝追い出されたラグビーとレスリングの合同企画、お化け屋敷が、早くも〝準備中〟となっているが、まだ片付けるには早い。
「巡回でーす」
生徒会の権限を振りかざしながら、無許可で侵入してみた。
すぐに視界から光が奪われて真っ暗になる。
暗幕で真っ暗な通路を手探りで前に進むと、幕の切れ間から、わずかに明かりが漏れていた。
こっそり覗いたら……クスクス笑う声、コソコソ話し声、何か食ったり飲んだり、衣擦れ、息づかい、それらで誰か大勢居る事は分かる。何やってんだ?
そして暗闇の中、眩しい一角から女子らしき声で〝先生ぇ〟と一瞬聞こえた。
それに続くのは、絶えず、微かに、妖しげな……〝はぁはぁ〟
目が暗闇に慣れて来ると、その画面には、分かるだけでもかなりの男子がカブり付いていた。
まさか、こういう類の〝お化け〟が出てくるとは。
これも驚く側の醍醐味か。
そういう、ビデオ上映会の真っ最中。それは映研にも負けない盛況ぶりを見せていた。俺の存在など気付く訳が無い。みんなが食い入るように画面に貼り付いている。
セーラー服の女子高生が一瞬で上半身マッパになった。
まさぐられて、喘いで、ビクンと反応して。
〝あ~ん〟
〝うぐッ〟
〝ぬちゅっ〟
こう言う時、思うのだ。いやー、映画って本当にいいものですね。
(んなワケねーだろ!)
10分経った。自然に堪能している場合じゃない。
「おい」
顔見知りの1人を見つけて肩を叩く。
その途端、まるでお化けを見るように……いやまさに、そのまんま。
「うぎゃおうッ!強制捜査だッ!!!」
その声を合図に周囲が、まるで蜘蛛の子を散らしたように、暗闇をガタガタガタガタ蠢く。「消せ!」「切れ!」「隠せ!」「食えッ!」「わぎゃっ!」「だあッ!」「痛ッ!」「どけ!」俺は誰かにタックルされ、踏んだ側に痛いと訴えられ、極めつけは誰かに壁に押しやられ、最後はその場に転がった。
そこでパッと電気が点く。
見れば、先輩後輩入り乱れておよそ30人程。制服あり、ジャージあり、コスプレ姿も、エプロン姿も……ラグビーとレスリング部員以外にも大勢居ると分かった。逃げ場を探して部屋中をぐるぐる回るその姿は、バケツで蠢く大漁のウナギを連想させる。
「だって!永田のバカが持ってくるんだもん」
急に開き直って向かってきたと思ったら、開口一番、俺を助け起こすより早く、言い訳が始まった。
〝女子高潜入ルポ 授業ちゅう~ん♪〟
やっぱり助け起こされるより早く、そんなパッケージを見せられる。
「ちょっと早い選挙活動だとか言ってさ」
永田は、あちこちに配り歩いているのか。頭を抱えた。
「オレが持って帰るって言うのに、先輩がここで見ようっていうから」
「人のせいにすんな。受け取ったのは、おまえらだからな」
「デッキを調達したのは先輩っすよ」
「スイッチを押したのは1年生だろ」
「あ、ティッシュは俺のじゃないっすよ?」
「あ、それサッカー部から貰ったヤツです」
「all for one!桐生を呼べぇぇぇ!」
ラグビー魂を売り払って、責任転嫁。それを部外にまで飛び火。見苦しい事この上ない。
「あの……俺は、別に責めてないですから」
すぐに片付けてくれたら誰にも言いません。
それを言うと、先輩が急に愛想良くスリ寄って来て、
「おまえも一緒に見る?〝パイレーツ オブ カリびんびんやん〟」
秒殺でウケて吹き出すと、許されたと判断したのか、「ひゃひゃひゃっ!」と周りも一斉に反応した。
「これとか好きじゃね?〝彼女のお部屋で溶けちゃうシリーズ〟」
うわ。
女の子が可愛い。
一瞬、堕ちそうになる。そして、ここは永田の選挙活動が集結していると知る。
〝調子に乗るな〟永田にも先輩にも自分にも言い聞かせたい所……だが先輩には当然、面と向かっては言えないので、「こういう事は部室でやってくれよ」と、同輩に堂々と向ける。あーあ、また沢村に硬い事言われちゃったよぉ~……シラケた空気を一身に浴びた。
部屋を出る際、3年に呼び止められて、
「な?頼むよ。どっちの部長にも黙っといてくれよ。な?」
ラグビーもレスリングも、そう言えば部長はどちらもあの場に居なかった。
「頼むって。な?」と念押しされて、「はい。誰にも言いません」
しかし、いつかその借りは返して貰いますからね。
それは十分、込めたつもりである。
そろそろ3時。
小腹を埋める軽食を求めて、来客の行列が引きも切らない。そんな中庭を行きながら……永田の選挙活動の尻拭いをして回れば、こちら側にとって都合の良い選挙活動になるな。そんなフザけた作戦がチラリと頭をかすめた。
その〝こちら側〟は、今どうしているのか。
『今ってどこに居る?』
思い切って、右川にラインすると、驚く事にすぐに返信が来た。
『美術部。カフェです』
何だかやけに丁寧で、シンプルで、これはこれで薄気味悪い。
お化け屋敷と同等の怯えを見せながら、恐る恐る、美術部主催のカフェ模擬店を窺うと、一般客が、ちらほら。その中の一角に、山下さんが居た。
「沢村くん、こっち」
いつもより派手な笑顔、手招きで迎えられて、その一瞬で確信する。
……右川のスマホを覗きましたね。
右川のスマホはテーブル上に放置。あのメールを寄越したのは山下さんだな。
山下さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、恐る恐る近付く俺をじーっと観察している。
右川は飾られている絵画を面倒くさそうに眺めながら、そこに紅茶とお菓子のセットを運んでやってきた。制服男子と浴衣チビとイケメン。どういう取り合わせなのか。一般客も興味津々である。右川は俺を見つけてチッと舌打ち。
かと思いきや、これ見よがしに手をヒラヒラさせて、
「うりゃ。アキちゃんに、手作りアクセサリー買ってもらっちった♪」
大喜びでノロケやがった。
ミサンガに似た皮とフェルトのブレスレット。
秋らしい鮮やかな赤、黄色の帯に、所々は白と青の石が付いている。
浴衣姿にも意外と馴染んでいる。
「ほらほら♪」と、まだまだ右川は見せびらかす。
「おーおー」と俺は口先で囃した。
お菓子や備品を貰った時より、追試の終了より、何より大喜び。
「やっとカズミに、俺の金で物買ってやれたよ」
そう聞くと……それは何だか妙だと感じた。右川の欲しがる色々、そんな事は口に出すまでもなく、時に山下さんが請け負っているだろうと、当たり前のように考えていたからだ。
山下さんは喜ぶ右川を眩しそうに眺めながら、
「付け方、逆だろ」
右川の腕を取ってブレスを外し、また丁寧に付け直す。
右川に周りは見えていない。
ブレスの正しい向きなんか、どうでもいい。その目は山下さんだけを見つめて。
「カズミ、沢村くんにも何か買って来いよ」
山下さんにお金を渡された右川は、「えー……」と爆発的に嫌な顔を見せながらも、後髪ひかれる様子で向かった。
山下さんと2人だけ。何度会っても、親しくなればなる程、緊張が高まる。
何を曝け出す訳でもないのに、まるで素っ裸で立たされたような。
「今日の事、無理言ってすみませんでした」
「ううん。懐かしくて楽しいよ。誘ってくれてありがとう」
こんな事でお礼を言われるなんて。そこまで大ごとではないのに。
山下さんは紅茶を口元に運び、なのに何故か飲まずに置いて、
「ダメだ。飲めない」と口元を手で覆った。
「え、そんなに不味いですか?」
周りに聞こえないように小声で尋ねたら、「沢村くんを見ると、あのステージを思い出しちゃって」と喉でゴロゴロと笑われた。
「あの、もう本当に忘れたいんですけど」
山下さんが言った〝初めてのキスを思い出す〟云々は、そこを当てこすって言われたのだと、この時分かった。間違っても、右川との過去ではない。
「ごめんごめん」と、言いながらも、山下さんはずっと笑い続けた。
次第に緊張がほぐれて来たそこに、右川が戻ってきて、紅茶の乗ったトレーを俺の目の前にズドンと置く。
「……何で、たこ焼き?」
何故かトレーには、クッキーじゃなくて、たこ焼きが乗っている。
「だって食べたくなったんだもん」と右川が1つツマむ。「てゆうか、あんた地味に余計なんだから、これ飲んだらサッサとどっか行ってよね」
飲むだけに終わらせる、そのためクッキーを買わずに来たな。読めてしまう自分が哀しい。それなのに自分だけは、たこ焼きか!
こっちが突っ込むより早く、「こら」と山下さんが、右川に喝を入れた。
「こういう雰囲気の場に、たこ焼きなんかを買ってくる辺りが幼稚な証拠」
右川が山下さんにダメ出しされるのを聞きながら、それを言うなら、そのたこ焼きを寄越せとばかりにツマみかけた俺も、山下さんから見て同レベルなのかもしれないと一発で凹んだ。
山下さんは、「マクロビオティックか。健康的だな」と美術部の作った雑穀クッキーを静かに味わい、「紅茶とか、普段全然飲まないから新鮮だよ」と長い足をクロスして優雅に紅茶をすすった。
その姿。
隣で同じ事をして見せる度胸は持ち合わせていない。足の長さを比べられて、撃沈は必至だ。そう言えば、身長は180センチ無いとか聞いた事がある。やっぱりそうは見えないな。
山下さんは静かにカップを置いて、
「実は、ずっとカズミの親に借金があって。それがこの度やっと完済。時間にも余裕が出来て、これからは休みも取り易くなると思う。だから今日は思い切って休んだよ」
何だか、話が急に。
俺なんかが、聞いていいんだろうか。
右川はカップを口元に付けたまま、1点を見つめてピクリともしない。
「ゴメンね。いきなり、こんな大人のみっともない話聞かせちゃって。引いた?」
いえ……。
「これでカズミの手伝いも要らなくなる。そしたら今よりは家にも帰るだろ。勉強も学校活動も、今よりちゃんとやれるよな?」
紅茶を飲む、頷く、それを曖昧に混ぜて、右川は後ろの絵に見入っている……振りをした。
〝金の切れ目が縁の切れ目〟
そういう事か。
山下さんが淡々と文化祭案内をめくっているその横で、右川は背中を向けたまま、何も喋らず、まるでその背中で溜め息をついているようだ。
学校活動が今よりちゃんとやれる、だったら生徒会に。
それはまるで弱みにつけ込むようで、言えなくなる。
カフェを出て、隣接する美術部の展示に差し掛かった時、
「え、帰っちゃうの?」
隣の文芸部に入ろうとする右川をそのままに、山下さんは向こうへ歩き出した。
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