雨の降る世界で私が愛したのは


 一凛はなんだか嬉しくなった。

 自然と顔がほころぶ。

「一凛、ここ飯ついてるぞ」

 依吹が自分の右頬を指差す。

 一凛が頬に手を当てると当時に依吹は笑って言った。

「あ、悪い、えくぼだった」

 もうっ、と一凛は怒ってみせる。

 そして突然、十年前の藤棚の下でのキスを思い出した。

 依吹はあのことを今でも覚えているだろうか。

 キスのこと覚えてる?

 と訊いて、あの時は二人とも幼かったね、なんて話すにはまだ早いような気がして一凛は代わりに別の質問をした。

「覚えてる?前に依吹が自分には彼氏がいるってわたしに嘘ついたこと」

「それあの時に嘘だって言っただろ」

 まるでこの前のことのようにさらり依吹は答える。

 依吹がはっきりとキスのことを覚えているのだと分かると一凛は急に恥ずかしくなってきた。

「なんでそんな嘘ついたのよ」

 うーん、と依吹は今度は少し考える素振りを見せる。



< 113 / 361 >

この作品をシェア

pagetop