雨の降る世界で私が愛したのは


「おーい、リンダ」

 依吹は亀の名前を呼んだ。

 亀はまったく動かなかった。

 依吹がそれでも呼び続けるとようやく重そうに首をもたげ、蛇のような顔だけを二人に向けた。

「知らない」

 亀は低いしわがれた声で言った。

「わたしは何にも知らないよ」

 そう言うと、のっそり首を引っ込め目を閉じた。

 一凛は少なからず衝撃を受けていた。

 チンパンジーやゴリラなど、霊長類以外の動物が単語ではなく主語述語が伴った文として話をするのを始めて見たからだ。

「凄いだろ」

「うん凄い。でも、何も知らないってどういうこと?」

「さあ、長生きだからみんながいろんな事を訊くんじゃないかな?」

 依吹は早く一凛にピグミーマーモセットの子どもを見せたいのか足を速める。

 猿山の横を通り過ぎようとすると、何匹かのサルが声をあげた。



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