雨の降る世界で私が愛したのは


「依吹」「依吹」と名前を呼びながら走り寄って来る。

「呼ばれてるよ依吹」

「うん」

 依吹は走り寄って来たサルたちに向かって手をひらひらと振ったが立ち止まることはなくそのままずんずん歩いて行く。

「行っちゃうの」「行かないで」

 サルは甘い声を出した。

 きっとあのサルたちはメスザルだ。

 サルが人間に恋することはよくあることで、恋する人間を想うあまり脱走するサルが毎年何匹もいた。

 メスザルが人間の男性を追いかけるのはさほど問題ではないが、その逆はしばし事件になることがあった。

 一度気の荒いオスのオランウータンが脱走したときは警察の機動隊が出動した。

 麻酔銃を打たれ捕獲されたオランウータンを一凛はニュースで見たが、こんなのに追いかけられたらと想像しただけで、怖くなった。

「ここだよ」

 依吹は白い壁の建物の前で傘を閉じた。

 青い鉄製の扉に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。






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