雨の降る世界で私が愛したのは


 もう戻れないのだ。

 今の自分の仕事は油ぎった壁に向かって皿を洗い、客が食べ残す料理を作ることだけ。

 胸の奥から迫りあがってくる塊を押さえつける。

 泣くな一凛。

 自分はすべてを捨ててハルを選んだのだ。

 だから絶対に泣いたりするな。

 泣いたらそれは自分が後悔していることになる。

 それにきっと解決策はある。

 解決策?

 すぐにもう一人の自分が反論する。

 どうにかしてハルをイギリスに連れて行けないだろうか?

 それとももう一度ちゃんと説明すればいい、真実を。

 依吹の動物園が麻薬中毒者を雇っていたと公表するのか?

 ハルの命がかかっているのだ。

 この際仕方ないではないか、それにそれは真実なのだ。

 真実?

 それでは自分とハルの関係はどうなのだ?

 都合のいい真実だけを暴露して自分に都合の悪い真実は隠したままにするつもりか?

 日本でもイギリスでも自分とハルの関係が受け入れられないのは同じだ。

 世界の果てまで行っても自分たちは異端なのだ。

 濡れたじゃがいもを拾い袋に戻す。

 背後の賑やかなテレビコマーシャルから逃げるように一凛は小走りで店へを戻った。


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