雨の降る世界で私が愛したのは

颯太



 雨足が強いせいかその日も客は二組だけだった。

 閉店まであと三十分。

 この分だと今日はこれでももう終わりだろう。

 残った野菜がほとんど出なかったのでバナナを買っておいてよかったと思った。

 少し早いが店じまいの準備を始めたとき客が一人入ってきた。

 おしぼりと水の入ったコップを持ってテーブルについた客の元へ行く。

「閉店まで三十分ですけどいいですか?」

「いいよ」

 笑顔でそう答える客の顔を見て、思わず不自然に顔を背ける。

 男は颯太の友人の彰斗だった。

 なぜ彼がここに?

 メニューを眺めている彰斗をちらりと盗み見た。

 自分に気づいてないのか?

 初めて会ったあの時はすでに泥酔していたし、彰斗が寝ている間にほのかと一緒に帰ったので顔を覚えられていなくても不思議ではない。

 野菜炒め定食の注文を調理場の奥で受け取る。

 極力顔を彰斗に向けないように料理を運んだ。


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