雨の降る世界で私が愛したのは


「あの、すみませんけど」

 声をかけられどきりとする。

「お酢もらえます?」

 一凛は慌てて片付けてしまった酢の瓶を店の奥から持ってくる。

 彰斗は一凛の顔をまっすぐ見て

「ありがとうございます」

 と礼を言った。

 大丈夫。

 彰斗は自分を覚えていない。

 十時五分前に彰斗は一凛の作った野菜炒め定食をきれいに食べ終わり会計を済ませた。

 この時には一凛もすっかり気を許し彰斗に笑顔を向けていた。

「ありがとうございます」

 よほどお腹が空いていたのかもしれないが、出された料理を完食してもらったのが素直に嬉しかった。

 おつりの小銭を受け取った彰斗は言った。

「あの一凛さんですよね?俺のこと覚えてます?ほら、前に颯太と一緒に温泉宿で」

 笑顔のまま一凛は固まる。

「最初からそうかな?って思ったんですけど、髪が短くなってて印象だいぶ違うし、でもその笑顔で確信したんです。笑うと右側に少しだけえくぼができる」

 彰斗はそう言って自分の右頬を指差した。




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