雨の降る世界で私が愛したのは


 他に誰も人がいないだけになんとなく目がいってしまう。

 考え事でもしているのかその女性はふらふらと雨の中を漂うようにして歩いている。

 一凛ちゃん?

 まさかと颯太は目を凝らした。

 颯太から顔がはっきり見えたのは一瞬で、女性はその大きな黒い傘に隠れてしまった。 

 いや、きっと人違いだ。

 颯太は思った。

 顔はよく似ていたように見えたが髪が短かった。

 一凛の髪はもっと長い。

 それでもなぜか気になって黒い傘を目で追う。

 早足で追いかければすぐに追いつけそうだった。

 颯太は道を渡った。

 一凛でないと分かればそれですっきりする。

 黒い傘にどんどん近づく。

 もう少しで颯太が追いつこうとした時だった、黒い傘が急に走り出した。

 颯太は最初自分がストーカーか変質者に間違われたのかと動揺したが、そうではないようだった。

 それでも自分から逃げているように思え、意地でも顔がはっきり見たくなって颯太は追いかけた。


< 258 / 361 >

この作品をシェア

pagetop