雨の降る世界で私が愛したのは

依吹

 

 一凛の向かいの席で白人の男が本を読んでいる。

 電車に揺られながら一凛はこれから先のことを考えていた。

 イギリスに渡って訪ねるべき人の顔を思い浮かべる。

 本当に力を貸してもらえるだろうかという不安がよぎる。

 もし誰もが首を縦に振らなかったらその時はどうする?

 独りで闘うしかない。

 自分にできるだろうか?

 急に怖くなった。

 上から自分を見下ろすように客観的になると、背筋に冷たい汗が流れた。

 今さらながら思った。

 自分はとんでもないことをしているのではないか?

 ハルを動物園から連れ出して今まで無我夢中だった。

 非日常の中にずっとにいてまともな感覚が麻痺してしまっているのではないか。

 まともな感覚。

 笑ってしまう。

 そんなものにまだ未練があるのか。

 ハルと軀を重ねた瞬間からもう以前の自分には戻れないのだ。



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