雨の降る世界で私が愛したのは
 

 でももしハルとの最初のあの夜を過ごさなければ、いやそれよりも前に檻を超えてハルの胸の中に飛び込まなければ、違う日本に帰って来なければ、いやもっと根本的なものだ、アニマルサイコロジストになることを目指さなければ、これも違う、そうだ、もしハルと出会わなければ。

 どくんと大きく心臓が脈打つ。

 すべてから逃げ出したくなった。

 車内アナウンスが一凛の降りる駅の名前を告げる。

 このまま一人どこかへ行ってしまおうか。

 ふとそんな考えが芽生え一凛の中で膨らむ。

 このままハルを置いて一人でどこか遠くへ行ってしまおうか。

 でもハルを連れ出したのは自分だ。

 この状況を作ったのは自分なのに、ハルを置いて一人逃げようとするのか。

 残されたハルはどうなるのだ。

 ハルが暗い部屋に座っている姿が瞼に浮かんだ。

 あの狭い空間でいつまでも帰ってこない自分をじっと待つハルの血の滲んだ背中。



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