雨の降る世界で私が愛したのは


 その背中は次第に小さく萎み干涸びる。

 それとも部屋から抜け出し自分を探して町をさまようだろうか。

 子どもの頃ニュースで見たオランウータンとハルが重なった。

 激しい抵抗と空気を引き裂くような叫び声、麻酔銃を打ち込まれ倒れる様は哀れで、生き物としての尊厳のかけらも与えられていないように見えた。

 息ができなくなった。

 懸命に呼吸しようともがくと涙が溢れた。

 涙は止まらなかった。

 次から次へと一凛の頬を伝った。

 自分では気づかないうちに嗚咽を漏らしていたらしい。

 周りにいた人がさりげなく一凛を見ている。

 向かいの白人の男が席を立ち目の前に立った。

 一凛の肩に手をかける。

「ダイジョブ デスカ?」

 長く白い綺麗な指と腕だった。

 ハルの血の滲んだ肌とは違う。

 電車の扉が開いた。

 一凛は男の手を振り払い走り出た。

 ハル、ハル、ハル。



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