雨の降る世界で私が愛したのは
依吹。
ゴミ箱にタバコの箱を捨てたとき、名前を呼ばれたような気がして振り返る。
入り口のところに誰かが立っているように見えた。
暗くてよく見えない。
「依吹」
今度ははっきりと聞こえた。
「一凛か?」
暗がりから明るいところに歩み出た一凛を見て依吹は目をしばたたく。
一凛は闇と同化するような黒いコートを着ていた。
「一凛、いったい」
問い詰めそうになるのをこらえる。
大声を出したり安易に近づくと一凛は消えてしまいそうだった。
動揺を隠し落ちついた声で話しかける。
「まあ、座れよ。今コーヒーでも入れるからさ」
一凛はコートを着たまま依吹がさっきまで座っていた椅子に腰かけた。
依吹のコーヒーを入れる手が小さく震える。
その手を強く握りしめ深呼吸をする。
差し出されたコーヒーカップを一凛は両手で受け取る。
「それにしてもよく逃げ切ってるな。あんなハルの巨体を連れて」