雨の降る世界で私が愛したのは
「ありがとうございます」
一凛は姿が見えなくなった耳の遠い主人に向かって叫んだ。
野菜とおにぎりで二つのビニール袋はいっぱいだった。
いつもの何倍も動き回って疲れたのもありそれらはずっしりと重く感じる。
雨も相変らず激しかったが一凛の心は軽かった。
『心配せんでもまた人生の表舞台に立てるさ』
主人のかけてくれた言葉が心に滲みた。
きっと何もかも上手くいく。
そんな気がした。
早くハルに会いたかった。
ハルに会ってそれを伝えたかった。
一凛は足を速めた。
遠くにクルクル回る赤い光が見えた。
アパートの方角だ。
近づくにつれ光だけではなくサイレンの音が聞こえてきた。
普段は人影のない通りに人だかりが見える。
一組の男女が一凛を追い越し走って行った。
「あの脱走したゴリラだってさ!」
「うっそ、ほんとうに?」
一凛の動きが止まった。