雨の降る世界で私が愛したのは


 入り口の端に二本の傘が立てかけてある。

 男物の黒い傘と女物の赤い傘だった。

 ほのかと依吹は顔を見合わせた。

 依吹がドアに手をかける。

 鍵はかかっていなかった。

 その時中から破裂するような産声が聞こえた。

 ドアを押して先に建物の中に入ったのはほのかだった。

 鳴き声が聞こえて来る方に走る。



 朦朧とする意識の中で一凛は産声を聞いた。

 体を動かそうとするが言うことを聞かない。

「颯太さん」

 颯太の名前を呼んだ。

 返事はない。

「わたしの赤ちゃんは」

 一凛の手が宙をさまよう。

 視界が揺れるようにはっきりしたりぼやけたりする。

 ふっと意識が遠のき薄暗い底でたゆたんでいたかと思うと、急に水面に引きずりあげられるように意識が戻る。

 時間の感覚は失われていた。

 誰かが一凛の手を握った。

「一凛ちゃん大丈夫?」

 颯太だった。

 目を開けるとぼやけた視界の中で颯太が微笑んでいた。




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