雨の降る世界で私が愛したのは


「なぁ一凛」

 この前ベッドに横たわっていた時は気づかなかったが一凛の髪はまた長く伸びていて、昔の一凛に戻っていた。

「ハルに会わせて」

 生贄の儀式が発表されたのは昨日の朝だった。

「赤ん坊は?」

 伊吹は一凛が一人なのを見て訊ねる。

「最後にハルに会わせて」

「俺だって赤ん坊に会わせて欲しいな、父親なのに」

「ちゃんと会わせるから、その前にハルに会わせて」

 なんだよ、その取引きみたいのはと伊吹は苦々しく呟く。

「分かったよ、会わせるさ。でも儀式が終わったらこれからの事をちゃんと話し合おう」

 一凛は首を横に振った。

「伊吹とは結婚できない。わたしが愛してるのはハルだけなの」

 壁に投げつけられたビーカーが砕け散る。

 一凛は首をすくめた。

「ふざけんな、子どもはどうするんだよ」

「わたし一人で育てる」

 一凛は固く唇を結び伊吹を睨む。




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