雨の降る世界で私が愛したのは
一凛が檻に近づくとゴリラはそれに気づきこっちを見た。
二つの瞳は黒曜石のようだった。
「こんにちは」
ゴリラに話しかける。
ゴリラは黙ったまま檻の奥から一凛を見つめている。
「お名前は?」
一凛は檻に吊るされているプレートを探すが見当たらない。
「わたしは一凛」
一凛がそう言うと、奥にいたゴリラはゆっくりと一凛の目の前にやってきた。
近くで見るとその大きさに圧倒される。
オスのゴリラだった。
立つと二メートルに届くかも知れない。
不思議と怖くはなかった。
どれくらいの間だろう、一凛とゴリラは見つめ合った。
黒く深い瞳に吸い込まれて一凛は動けなかった。
瞳は一凛の全てを見透かし静かに何かを語っているかのように見えた。
「わたしは一凛、あなたは?」
一凛はもう一度訊ねた。
「そいつはしゃべんないよ」
振り返ると依吹が立っていた。