雨の降る世界で私が愛したのは
あの時、ただハルはもう一度、もう少しだけ一凛と一緒にいたいと、そう思った。
伊吹がやってくるのは分かっていた。
あの日伊吹は言った。
一凛のために警察に通報すると。
捕まるところを一凛に見せなくないなら、自分からこのアパートを出て行けと。
伊吹がハルに与えた時間は十分なものだった。
アパートを出てうまく行けば遠くまで行けるかもしれない。
天が助けてくれれば逃げ切ることもできるかもしれない。
そのいちるの望みのために伊吹はハルに猶予を与えたように思えた。
それでもハルは自分の命よりも、哀れに警察に捉えられる姿を一凛に晒しても、もう一度一凛の顔が見たかった。
「ただいまハル」
そう微笑む一凛をもう一度だけ抱きしめたいと思った。
でもその願いは叶うことはなかった。
その日に限っていつもの時間になっても一凛は帰って来なかった。
階下でいくつもの重い足音を聞いた時ハルは目を閉じ静かに全てを受け入れた。