雨の降る世界で私が愛したのは


「ねえ、あなたはキスしたことある?」

 檻の奥にいるゴリラに話しかけながら、さっき自分にせまってきた颯太の唇を思い出していた。

 もう少し時間が経てばああいうシチュエーションで自分も頭がスパークしたり、音楽が聞こえてきたりするのかも知れない。

 せっかくなら、「こんなもんか」じゃなくて自分もキラキラした目でファーストキスを語りたい。

「アホか」

 振り返ると依吹だった。

「動物がキスするわけねーじゃん」

 依吹は昔より口が悪くなったような気がする。

「チケット売りのおばちゃんが最近毎日のように一凛が来るって言うから、どうしたのかと思ったら、やっぱりここか」

 依吹も一凛の横に並んで檻の中をのぞきこむ。

「動物の中にはフェロモンを確認し合うために鼻をこすりつけあって、それがキスしているように見えるのもあるけど、根本的に人のするキスとは違うな」



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