雨の降る世界で私が愛したのは


 依吹はポケットから青りんごを取り出すと鉄格子の隙間から投げ入れた。

 りんごはコロコロと転がってゴリラの足元にぶつかって止まった。

「それでイケメンの彼氏とのキスはどうたった?」

 そう言う依吹の唇を盗み見る。

 颯太よりも薄くてでも幅が広い。

 さっき目の前で見た颯太の厚くも薄くもない形のよい唇と依吹の色の薄い唇が重なるのを想像した。

「依吹も彼氏とキスしたりするの?」

「彼氏?」

 依吹は一瞬怪訝な顔をした。

「ああ、その話かぁ」

 そう言ったっきり何も言わない。

 一凛は急に気まずくなってゴリラの足元に転がるりんごを見つめた。

「あの青りんご食べようとしないね」

「ああ、あれ青リンゴなんだ」

 しまった。

 つい依吹の目のことを忘れてしまう。

 気まずさがさっきの三倍くらいになる。




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