雨の降る世界で私が愛したのは


 靴箱の前で上履きに履き替えようとして、「一凛」と呼ばれる。

 依吹が温風機の前に立っていた。

「ちゃんと乾かせよ」

 一凛は濡れた靴下を脱いで温風機の前に立った。

 前にこっそりお母さんのマニキュアを足の爪に塗った残りがまだ破片のように爪に残っている。

「依吹教室行かないの?ホームルーム始まるよ」

 依吹は窓の外を見上げたままぽつりと言った。

「最近また雨がひどいな」

 その声はひどく憂鬱気だった。

 一凛はすぐに依吹が何を考えているのか分かった。

「うん、そうだね、困るね」

 去年、依吹が可愛いがっていたベンガルトラが生け贄になった。

 産んだあと面倒をみようとしない母トラの代わりに依吹が育てたトラだった。

 イブキ、イブキ、と子トラは依吹の名を呼び懐いていた。




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