雨の降る世界で私が愛したのは
顔をあげると彼が一凛を見ていた。
それは数秒だった。
彼は愛おしいものを見るように一凛を見つめた。
「待って」
檻の奥へと体を向けた彼に一凛は走り寄る。
「今日が最後、もう来ないから、だから隠れないでお願い」
彼は動きを止めた。
「もう来ないから、もうこれが最後だから、だから少しだけ話をさせて」
彼はしばらく一凛を見つめ、ゆっくりと向きを変えるとその場に座った。
一凛はほっと胸をなでおろす。
「昨日はありがとう。颯太さんと依吹の喧嘩を止めてくれて」
「別に止めたわけじゃない、檻の前でうるさいから威嚇してやっただけだ」
一凛はふふと笑った。
「顔は大丈夫か?」
一凛は「うん」とうなずいた。
彼が怒った本当の理由はこれなのだ。
「ありがとう」
彼は何も言わなかった。会話が途切れ二人の間を雨の音だけが流れる。