雨の降る世界で私が愛したのは


「自転車の傘さし運転は違反だよ」

 一凛が言うと、

「誰のせいだよ」

 と依吹は返す。

「どこに行きたいんだよ」

 動物園!

 一凛は言おうとしたが、もう自分はあそこに行ってはいけないないんだとうつむく。



 ハル



 声を出さずに名前を呼んだ。

 彼は今日も檻の中から雨を見ているのだろうか。

 ポンチョのフードを鼻先まで引っ張る。

 涙が溢れそうになった。

 依吹は背中で一凛が鼻をすするのを聞きながら、ゆっくり自転車をこいだ。



 発券売り場のおばさんは制服姿の二人をじろじろ見た。

「園は園でも動物じゃなくて植物の方だけどな」

 紫色の藤棚は記憶の中のものよりもずいぶん小さく見えた。

「ここ、小学生のとき来たことあるよね」

 二人で藤の花を描いて、それからピグミーマーモセットの赤ちゃんを動物園に見に行ったのだ。








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