トライアングル・キャスティング 嘘つきは溺愛の始まり
マスターと思われるさっきのおじさんが兄に声をかけてきたので、私は兄の膝から脱兎のごとく逃げ出す。


「うわぁ私、すすすすみません!」


慌てる私たちにその人は破顔してみせる。


「良いよ、良いんだよ。

藤堂くんにそういう人がいたって知って僕も安心したから。

ここにきてからずっと淋しそうだったからね、彼。」


「そうだったんですか?」


「ラブラドールのリリーを連れて、ぼんやり海を眺めたりしてね。

よく黄昏てたなぁ……。」


嬉しそうに語るその人に、兄は顔をしかめて否定する。


「沖縄に来たら、海を見るのは普通でしょう?」


「ふふふ。そういうことにしてあげても良いけどね。

藤堂くんがいると女性客も増えるし、僕としてはもっと長くここで働いて欲しかったんだけどねー……。


今日は店も暇だし、せっかく彼女が来てくれたんだからもうあがって良いよ。」


「彼女……!」


びっくりしてつい、口に出してしまった。


そうか、妹ではなく彼女に見えるんだ。その事実に顔が熱くなる。でも私の驚きを違う意味に捉えたその人は、


「あれ? 彼女で良いんだよね? 僕まさか余計なこと言った!?

複雑な関係は怖いからやめてね……? 」


と恐る恐る兄を仰ぎ見る。


複雑な関係と濁した部分は、だらしない女性関係を想像したんだと思う。兄は笑って私の頭に手を乗せた。


「彼女ですよ。

俺の彼女で……婚約者。」
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