メトロの中は、近過ぎです!
「そう。この子がね、佐々木さんちの梅干が大好きで、あの頃お母様に漬け方を教えていただいたんだけど、中々上手くはできなくてねー」
「そうだったんですか…」

大野さんを見ると、照れてるのか窓の外を見ていた。

「でもどうしてそのまほちゃんが大翔の会社に?」

私が答えようとすると、大野さんが先に口を開いた。

「今度の会社に偶然いたんだ。俺も見つけたときは驚いた」

そっけない口ぶり。
だけど、お母さんを心配させないように気を遣っているらしい。
だって視線がずっとお母さんを捉えてる。

「そう。会えて嬉しかったわ。
よかったら今度改めてお食事にいらっしゃらない?ご都合が合えばお母様も一緒に…」
「ありがとうございます。その時は母に梅干を持ってくるように伝えますね」

そう言うと、大野親子は喜んでいた。

しばらくその部屋で過ごして扉から出ると、廊下に背の小さい男の人が立っていた。

「父さん…」

大野さんがつぶやくから、慌ててお辞儀をすると、その男の人は黙って背を向けた。

「母さん、なんでもないってよ。ったく夫婦げんかくらいでわざわざ呼び出すなよ」

その男の人、大野社長は私たちを振り向いてゆっくりと口を動かした。

「たまには帰って来なさい。母さんが心配してるぞ」
「わかったよ」
「今日はもう帰るのか?」
「ああ。出張だったからな」
「そうか…」

そう言って立ち去っていった大野社長の背中が寂しそうに見える。

「いいの?」
「何が?」
「今日は実家にいてあげたら?」
「いいんだよ。そんなことしたらいっつも呼び出されるぞ…」

そう言うと大野さんは階段を降り始めた。



「大翔!」

途中の踊り場に差し掛かったとき、突然聞こえてきた女の人の声。

声がした方を見上げると、二階の手すりから私たちを見下ろしている綺麗な女の人がいた。
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