御曹司のとろ甘な独占愛
「お父様、あなたは言いましたよね。ミラノ支社の立ち上げに二年間行ってくれと。約束の時間は過ぎました。なぜ、そこまでして俺を本社から遠ざけようとするんです? 俺はお祖母様との約束を果たしたいだけだ」

 組んだ両手で口元を隠す父を、氷のような視線で睨む。父は怒りを押し殺したように、鼻から大きく息を吸い込んだ。

「ここで俺の業務を代わってくれていた部下も音をあげています。七月には秋冬コレクションもあれば、『華翡翠』の新作発表もある。俺の仕事は台湾本社でも山積みなんです」

 美しい青年が目を細めて、語気を鋭くする。

 そこに自分へ対する嫌悪感が含まれていることを父は感じ取ると、肩をいからせ、腹の底から長い溜息を吐いた。

「…………お前の好きにしなさい」

「ええ。好きにさせていただきます。では、失礼致します」

 伯睿は無感情にそう告げると、まるで騎士が敬礼でもするように、父親と母親に丁寧な一礼をした。



 社長室を出て行った彼が残した、氷のような冷たさが室内に漂う。

「あたくし、行ってまいります。きっとあの時のように、朝顔ちゃんと会おうなどと画策するつもりですわ。母として、諭さねばいけませんね」

 室内の空気を溶かすように、彼女は聖母のような表情で囁いた後、社長室を後にした。
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