御曹司のとろ甘な独占愛
 社長室の真下に、劉伯睿の副社長室はあった。

 ミラノから帰ってきたばかりの伯睿は、デスクに並ぶパソコンを立ち上げる。

 革張りのチェアーに深く腰をかけると、アタッシュケースの中から、お守りのように持ち歩いているひとつのケースを取り出す。
 中には、一輪の花簪が時を止めたかのように咲いていた。

「――もうすぐ、きみを攫いに行きます……一花。今度は絶対に逃がしませんから」

 チェアーに背中を倒せば、キイっと僅かに軋むような音が響く。

 伯睿は遠い遠い記憶に想いを馳せるように、天井を見上げた。


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 母が亡くなった時、深い悲しみにくれる伯睿を救い出したのは、祖母だった。

「伯睿。貴方は将来、貴賓翡翠の次期社長として翡翠の取引を担わなければならない時が来ます。その時のために、わたくしと共に生きましょう」

 伯睿は母が亡くなった悲しみを埋めるように、朝から晩まで、祖母と一緒に翡翠について勉強した。
 幸いなことに、生まれた時より翡翠に囲まれて育った伯睿には、不思議な感性が備わっていた。

「伯睿は、わたくしと同じものを持って生まれたのね。真実を見極めることができる、素晴らしい心の眼。その貴方自身の直観を信じて、生きていくのですよ。貴方の決断の全ては、善なる世界に導かれています」

 祖母は凛とした面差しで、力強く頷いた。その言葉が、どれだけ伯睿を奮い立たせたことだろう。
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