御曹司のとろ甘な独占愛
 仕方ないので副社長室へ戻り、ソファに座って待たせてもらうことにした。

 不用心なことに、副社長室の扉の鍵は開いていた。「席を立つのに鍵を閉めないなんて、伯睿らしくない」と思いながら、一花は『華翡翠』コレクションのショーケースを眺める。
 美しく煌めく翡翠たちは、今日も健在だ。

 一花はついと視線を滑らせ、はたと何かが変だと気がつく。
 何故だかわからないが、整理整頓された伯睿のデスクの様子が妙だと感じるのだ。

 近づいてみると、デスクの引出しが乱雑に開かれている。

(……これも、なんだか、伯睿らしくない。……そんなに急いでたのかな?)

 首を傾げながら引出しを閉めると、デスクの横に設置されていたゴミ箱があらわになる。
 見覚えのある姿形が目に入り、一花の心臓はドクンと大きく不整脈を打った。

 ドクン、ドクンと心臓の音が耳の中で大きく反響している。

(……――――そんな)

 ――そこには、無造作に打ち棄てられた朝顔の花簪があった。

 周囲の音が遠くなり、次第に何も聞こえなくなった。
 自分の存在する空間が、世界とは切り離されてしまったかのような錯覚に陥る。

 何も聞こえない。

 それなのに、まるで鼓膜が裏返ってしまったみたいに心臓の音がうるさい。
 身体中の血液が逆流するかのように、一花の世界をぐちゃぐちゃに掻き乱した。
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