御曹司のとろ甘な独占愛
 だが、伯睿があまりにも青碧の翡翠を重要視するあまり、最も大切な翡翠の裸石を決定できていなかった。

 ――少しずつ表情が違う翡翠たち。
 十作目の『華翡翠』をどのように魅せるか、伯睿にしては珍しく悩みに悩み……。仕事の合間に宝石箱に並ぶ裸石を眺めては、翡翠と共に広がる世界観や完成像をイメージしていた。

 最終的には、宝石箱に入っていた翡翠の一つを石座へセッティングする予定だった。
 しかし、その全てを持って行かれてしまっては、十作目の『華翡翠』は永遠に完成しない。

 パリへの出発は、来週に迫っている。
 原石から選び直し、削り出し、新たな裸石を磨きあげ、納得がいくものをセッティング出来るような時間は残されていない。

(怡菲のところへ行くしかない、か)

 伯睿は大きく肩で溜息を吐きながら、手のひらで額を覆った。


「……一花、今日はきみを家へ送ったら、少し出てきます。今回の『華翡翠』に使用する翡翠が無くなっているので、返してもらわないと」

 伯睿の重々しい様子に、一花は涙で腫らした顔を傾げる。

「……どこに行くの…………?」

「怡菲……、俺の従妹のところです。お義母様が俺と一緒にいた時に起きた事件ですから、他にこんなことをやりそうなのは彼女くらいしかいません。朝顔の件も、問い質す必要がありますから」

 伯睿は氷の美貌に笑みを浮かべて、そう告げた。

 一花は咄嗟に伯睿へ手を伸ばし……手のひらを握り締めると、弱々しくおろす。「怡菲のところへなんか、行かないで!」と叫びたい気持ちをすんでのところで我慢して、うつむくように頷いた。
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