御曹司のとろ甘な独占愛
 新しい母に支えられ、父の経営改革は続いた。

「まずは顧客の層を広げて分厚くすることを当面の目標にする。とにかく在庫削減だ。今は数で勝負する。どこの店舗にも均一なレベルの翡翠が常に安定して並ぶ状態を目指すぞ!」

 貴賓翡翠には代々受け継がれてきた『限られた人々のみに開かれる隠された扉』――貴賓室があった。
 そこは信頼と誠実な心をやりとりする場なのだが、父にとっては不要の場であったらしい。

 顧客層を分厚くするためだけに、代々大切にされてきた祖母の珠玉の翡翠たち――貴賓室で限られたお客様のみが手にすることのできた『季節の翡翠』コレクション代表作――までもが、一般市場に放出された。

 今まで絶対に行われなかった値下げ交渉が行われ、多くの人々が気軽に貴賓翡翠へ立ち寄ることができるようになった。
 その結果、街中に貴賓翡翠の品が溢れ、一過性の貴賓翡翠ブームが巻き起こった。

 ある視点から見れば、貴賓翡翠の経営改革は成功したのだろう。


 けれど。――その翡翠たちの行く先は、本当に幸せな場所なのだろうか。

 「良いものが安く買えた!」と最初は愛されていても、数年後には飽きられて、また新しい翡翠に乗り換えられ……。その先はずっと宝石箱の中で、日の目をみることもなくなってしまうかもしれない。

 最悪、質屋などに売られて、その先もまた同じことを繰り返す。
 最後の買い手は、その翡翠を「本物の翡翠である」とさえ、断言できないのではないだろうか?
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