妄想は甘くない
「涙目。赤くなってる……」
「……っ」
不覚にも、目尻から雫が滲んでいたようで、悔しくて唇が切れそうな程に固く噤んだ。
しかし目元を拭った指先は、思い掛けず優しかった。
頬を撫でたYシャツの袖口に反応するように、疑問が脳裏を掠める。
……なんで??
こんなことするの? こんなの滅茶苦茶だ。
心では反発しているのに、強く抗えずにいる自分も薄らと感じている──
「俺とこうなる妄想してたんでしょ? なんで泣くの」
「ちが……っ。わたしっ、そんなはしたないことっ」
「……はしたない? 良い大人が何言ってん……」
眉を寄せ咎めるように睨み付けると、気が引けたのか僅かに平静を取り戻したように口元からは笑みが消えた。
「……その反応、ガチなの?」
「へ…」
「煽ってるわけじゃ……」
言われている意味がわからず一層疑念を顕にすると、逡巡するような仕草を見せた後、目を伏せて黙った。
音が消え、静まり返った空気の中、そのまま神妙な面持ちで続ける。
「……ごめんね。宇佐美さんの中の俺は、きっと紳士なんだろうけど」
再び合わせられた目の色に、吸い込まれそうに釘付けになる。
どこか切なそうに細められた艶のある瞳は、高揚感を孕んで見えた。
「俺、名前の通りなんだ。オオカミだから。目の前に怯えてるウサギが居たら……俄然襲ってみたくなる」
頭に浮かんだ疑問符を飲み込むよりも早く、唇は奪われた。