妄想は甘くない
終業時間の近付くフロアは閑散としていて、自販機の側も殆ど人通りがない。
彼女から受けた衝撃は未だ解消されず、落ち込んだ気持ちが静かな空間の中へ溶け、沈み行くような感覚に囚われた。
取り繕う元気は湧かず視線を落としていたが、相対しているこの人も、特に場を補うことも咎めることもしなかった。
まさか女子を泣かせてこれ以上の無礼を働くとも考えてはいなかったが、わたしを揶揄った人とは別人みたいだ。
口元へ手を添え、プリントアウトに目を通しながら考え事をするように俯いている人を眺めた。
そこで初めて、今日は以前のような笑顔が見られないことに気付いた。
もうわたしの前で王子様の振る舞いは必要ないということか。
これ以上口を挟むエネルギーもなく、黙って様子を伺っていると、いつしかボールペンの尖端をぶらぶらと揺らしている。
「……」
吸い寄せられるように、その動きに釘付けになる。
忙しない律動は平静を失っているようにも思え、目を見張った。