妄想は甘くない

余裕を持って見えた前の人は、実は気を張り詰めていたのかもしれないと思い至る。

……嘘、まさかそんなわけないよね……。

「……宇佐美さんが謝ることないですよ」

心を漂わせた推察と沈黙とを同時に破るような声が、静まった空間によく通って、びくりと肩が跳ねた。
思い掛けず理解を示した台詞に、胸が震えるように熱く動かされたのがわかった。
普遍的な、幾度も掛けられた言葉である筈なのに、まるで初めて汲み取って貰ったような錯覚に陥る。

「大体わかりました。お客様には僕から上手く説明しておきます」
「……よろしくお願いします……」

大神さんは話題を纏めに掛かったが、わたしの心は切り替わらないままに、熱を持った目頭を感じ取り唇を噛んだ。
骨張った手が書類を揃える音を聞きながら、虚ろに机の上を見つめた。

「……難しいんです」

意図せずも、唇から泣き言が零れ落ちてしまった。

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