妄想は甘くない
わたしはこの人を怒っていたはずなのに、思い掛けず熱くなった頬を感じ取りながら、目を細める。
宥められて、気を許した。
わたし、こんなに簡単だったのかな。
これも口から出まかせだろうか。
話したのも数回なのに、信頼してるなんて、どうして?そう心に浮かべたと同時に、彼が膝に手を付き深々と頭を下げた。
何事かと身構えると、想定外の言葉が飛び出す。
「この間のことは、反省します。すみませんでした」
出し抜けにあっさりと述べられた謝罪に、目を丸くした。
潔く付けられた決着が意外で、受け答えが解らずに手をこまねいていたが、体勢を正した彼は僅かに目を合わせただけで事もなげに立ち上がった。
「そろそろ終業か……戻らないとですよね」
腕時計に視線を落とす格好に、呆気なく終わろうとしているこの場を肌で感じ、衝動に駆り立てられ前のめる。
えっ、嘘。これでおしまい??
この割り切りの良さ、もしかしてもう、脅されることもない……?
喜ばしいことである筈の繰り広げられる光景に、何故だかわたしは酷く焦れた。
これでもう、面と向かって打ち合わせをすることもないかもしれない。
逸る心臓と流れる冷や汗がもどかしく、弾かれるように力の入った膝を踏み出した。
「……待って……っ」
ジャケットに袖を通している姿を、何かに追い立てられるように引き止めてしまった。