妄想は甘くない
「……あ……」
勢いで足止めをしてしまったものの、何を告げれば良いのか思いあぐねて泳いだ目が、振り返ったスーツの襟や袖口を捕えた。
ようやっと視線を合わせると綺麗な真顔が静かに見つめていて、居たたまれず飛び出した苦し紛れの問い掛け。
「……チョコっ。もう、持ってないの?」
まるでお菓子を強請る子どものような言い草になってしまい、たちまち顔を赤く染めていると、目の前の瞳が微かに揺れた。
「──“お詫びの、しるし?”」
意味を理解したパスを投げ返すと、薄く唇が弧を描く。
その面立ちは凛として、ポケットに突っ込まれた手からも余裕が滲んでいた。
しまった、と過ぎった瞬間には手遅れで、既にこの人の手中に落とされてしまったような感覚が足元から立ち上って来た。
「……」
混乱した頭が、吸い込まれるように艶のある眼光から目を逸らせずに、肯定してしまう。
──あぁ、わたし、そうなのか。
欲しいのか、大神さんが。
自分の思考回路に驚き、目を合わせて固まったまま、考えるより先に唇から零れてしまった。
「反省……しないで下さい」