妄想は甘くない

「3週間近くも休まなきゃならなかったなんて、大変だったんじゃない? 経過はどうなの」
「ギプスは取れて、随分動きやすくはなったんですけど、やっぱりまだ思うようにはいかないですね。筋肉痛がすごいです」

右腕をぎこちなく持ち上げながら、関根さんが恥ずかしそうにはにかむ。
大したことではないかのように笑っているが、きっと言葉にしている以上に融通の利かない日々を送っていたのだろうと考えると、想像に余りある。


業務が開始されると早速、一連の引き継ぎをこなした。
メモやシステムの備考欄に目を通しながら感心するような声を上げているので、気が引けて頬を掻いた。

「さすが宇佐美さん……別のエリアなのにどうして此処までそつなく対応出来るんですか?」
「そんな、エリアが変わったからってお客様によって細かい希望とかが違ってるだけでしょ。それに関根さんのメモが丁寧だったから」

「それは、書いておかないと忘れちゃうからです」

賞賛の言葉を貰うと照れ臭くも嬉しくて、じんわりと心に温かさが広がる。
久々に関根さんの気遣いを受け取ると、彼女の留守が自覚していた以上に心許なかったのだと実感した。
頼れる存在が戻って来てくれたことにほっと胸を撫で下ろしていたが、同時に焦燥感も込み上げて来ていた。
当然ながら、これで大神さんとの仕事上の関わりは終了する。

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