妄想は甘くない

後は関根さんに託して、北エリアに関しては手が離れた。
挨拶くらいするべきだろうかと営業部の男前の顔を過ぎらせたが、彼女が説明してくれるだろう、しゃしゃり出て行くのも気が引ける。

引き継ぎに時間を取られ、溜まった仕事を片付けているうちに月曜、火曜の業務は飛ぶように過ぎ去った。
夕食を作るパワーは残っておらず、地下街で買って来た惣菜を平らげるとベッドに横たわる。

「疲れた~……」

視線の先のテレビをぼんやりと眺めていると、テーブル上のスマートフォンの振動音が耳を突いた。
メールかと思えば鳴り止まず、重い上体を起こしてベッドの上から腕だけを伸ばす。
表示された名前を認めると、途端に鼓動が音量を上げ、大きく震え出す。
一度唾を飲み込み、意を決して通話ボタンを押した。

「……もしもし……?」
『一言も無くフェードアウトするなんて、つれないなぁ』

唐突に耳に響いたのは不躾なふてぶてしい声なのに、胸ときめかせている自分を感じた。

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