妄想は甘くない

「えっ、どうしたの。急に美容に興味湧いてきた? もしかして……男?」
「いや……まぁ、それは良いじゃない。なんか広がらないスプレーとか、スタイリング剤知らないかなって……」

じっとりと疑いの眼差しを送られて、怯みそうな心を制して笑顔を取り繕うと、やけに親切な提案が返って来た。

「……わかった。じゃあ今日の仕事終わりに見に行こうか」
「え、今頃結婚式の準備で忙しいんじゃない? それどころじゃないんじゃ」

人生の一大イベントが半月後に差し迫っている女子を、つまらない悩みに付き合わせている場合ではないと遠慮したが、何故か満面の笑みを見せる。

「小一時間くらいでしょ、平気平気。息抜きもしたいし」


お互い1時間の残業を終え、地下街を歩いた。
規模の大きなターミナル駅と隣接しているので、次第にお洒落なエリアが連なる。
勤続7年にしては然して詳しくないわたしは、近藤の後に付いて踵を踏み出す。

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