妄想は甘くない

地上へ上るとさすがに手首は解放して貰えたが、触れた部分が繋がれたままかの如く熱を持っている気がして、微かな痺れを覚えた。

9月の終わりは涼しい風がフレアスカートの裾を揺らし、日が落ちる間際の空は橙と淡い水色が混ざり合い美しかった。
何処へ向かっているのか不明ながら、暫し夕暮れのビジネス街を並んで進んでいると、不意に大神さんがバッグから振動している社用携帯を取り出した。

「ごめんすぐ行くから、橋越えたとこのクイーンホテルのロビーで待ってて」

ぶっきらぼうに言い放つと、横道に逸れた彼は耳元に充てがった電話の相手へ受け答えを始めたようだった。
わたしは突っ立ったまま彼の言い付けを反芻し、我に返った。

……ホテル。えっ、ホテルで食事??

100メートル程先にそびえ立つ、提示された施設を振り仰いでおののく。
そんなお店、高いんじゃないの……身なりばかりは多少気遣って来たものの、能天気に居酒屋に行く体で来てしまった自分を顧みて、財布の心配をしてしまう。

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