軍人皇帝はけがれなき聖女を甘く攫う
「タラップをしまってくれ」
切迫する中、アグニの声がいやに切なく響く。聞き間違いだろうと思いながら、その言葉がグルグルと頭の中を回り、すぐに動くことができなかった。
「どういうつもりだ!」
いつの間にか隣に立っていたレイヴンが、訝しげに船縁に手をかけて叫んだ。
それを見上げて笑う彼の顔に覚悟が滲んで見えて、心臓がドクリと嫌な音を立てる。
(まさか、アグニはこの船に乗らないつもり?)
胸騒ぎがして、強くなった風に巻き上がる髪を片手で抑えながらアグニを見つめた。
「ずっと、きみのヒーローになりたいと思ってた」
「今はそんな話をしている場合じゃ……」
そんな話、今しなくたっていい。なのに、今じゃなければダメなのだと彼の真剣な瞳が訴えてくる。
その間にも追手の光は近づいていて、心が掻きむられるように焦っていた。
「ここは任せて、きみはレイヴンと行くんだ」
一瞬、なにを言われたのかがわからなかった。みぞおちを打たれたように、声も出せない。悲しみだけが胸の内で広がって、瞳から涙がハラハラと流れ落ちる。