鬼の生き様
しかしその夜事件が起こった。
早くに就寝につこうとしていた勇だったが、外がなんだか騒がしく、障子の外からは灯りが差し込み、まるで夜の明るさではない。
芹沢鴨が外で大焚火をしているというのだ。
「もっと薪を持ってこい!」
芹沢の怒号が本庄宿に響き渡る。
新見錦や平山五郎達は宿場の襖などを壊しては、焚火の中へと放り込んで行く。
「何があった?」
勇は外に飛び出すと、はやくも駆けつけていた歳三に聞いた。
歳三も事情は分からなかったが、谷が勇の姿を見つけると血相を変えて飛んできた。
「近藤さん、誠に申し訳ない…。
全てはわしの不徳の致すところだ」
谷はそう言うと低頭平身頭を下げた。
事情を聞けば、芹沢は大人しく部屋の端で酒を呑んでいたというのだが、祐天の子分達が芹沢をからかっていたらしい。
それが癪に障り、三百匁もある大鉄扇で芹沢は子分の一人を殴り飛ばしたというのだ。
そこで祐天と芹沢は一触即発の状態。
祐天は芹沢に向かい、「部屋を追い出されたはみ出し者が我が物顔で酒なんぞ喰らいおって」と芹沢の怒りに拍車をかけた。
芹沢は「ならば出ていく」と言い、今に至っているそうだ。
「すまん、わしが仙之助や芹沢くんを取り押さえられなかったからだ」
谷のせいではない。
池田も血相を変えて勇のもとへとやって来た。
「一体何があった?」
「実は佐々木殿から芹沢さんを別室にしてくれと頼まれて、宿も空いていなかったので谷さんと相部屋にさせて頂いたのです…」
「そしたら仙之助の子分達が芹沢に…」
「すまんな、近藤。
俺が寝てさえいなければ…」
池田は唇を噛み締めたが、この一件に関しては勇も如水も、そして池田もどうする事も出来なかった。
宿役人も芹沢のもとへとやって来て、威丈高になって「何をしているんだ!早急に篝火(かがりび)を消せ!」と芹沢に怒鳴ったが、芹沢は床几に座り宿役人を睨みつけた。
「うるせえ」
とぼそりと小さい声で芹沢はそう言うと、大鉄扇を振り上げ、宿役人を殴り飛ばした。
宿役人はそこで卒倒してしまい、芹沢は黙りながらメラメラと燃える炎をみつめながら酒を煽った。
「トシ、早急に頼みたい事がある」
「心配するな、もう探しているから」
歳三の周りにはすでに総司、平助、源三郎、左之助は居なくなっていた。
山南、永倉は勇に向かって頷いた。
「お前達には心配かけてばかりだな」
勇はすまない、と頭を下げて篝火のほうへと向かっていった。