鬼の生き様


「近藤さんの悪口は辞めて頂きたい」

山南はそう言い刀をピタリと首筋につけると、村上は顔を真っ青にしてゴクリと息を飲んだ。

温厚篤実な山南が怒って刀を抜いた。

興奮というものを顔に出すことのない、いつもニコニコと微笑み争い事を嫌う山南だが、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

「我々、試衛館の一同は確かに田舎侍かもしれませんが、田舎侍でも人の斬り方は知っているんですよ」

赤心沖光(せきしんおきみつ)の刀身は、まるで死体のように冷たく、その冷たさが死への恐怖へと村上を誘っていく。

「そうだ、上洛する前に刀の斬れ味を試してみるのも良案かもしれませんね」

山南はそう言うと、口元に弧を描いたが、眼だけは村上をジッと睨みつけている。
全身に汗が流れるような不気味さを感じ、足は震え挙げ句の果てに村上は失禁をした。

「切腹の作法も、はなたれ小僧のお前と違って知ってるぜ」

そう言い左之助は着物の合わせを解き、傷痕を見せた。
どうやら相手が悪かったらしい、村上は情けなく首を垂らして意気消沈とした。

 騒ぎに気が付いたのか山岡もやって来て、試衛館一同に村上の非礼について頭を下げ、村上は激しく叱咤される事となる。


「山南さんも怒る事があるんですね」


総司は初めて見た山南の姿を、まるで子供が初めて外に出たかのようにニコニコと笑いながら言った。

「みっともない姿を見せました」

山南は普段通りの温和な表情に戻り、歳三は内心怒りを燃え滾らせていた。

勇を田舎侍呼ばわりした事が許せなかった。
そもそも村上も建具師(たてぐし)で、武士ではない。
下総で名も知られていない道場を開いていたようだが、村上こそ田舎侍だと歳三は思っていた。

 大津に一泊し、翌日京へと着いた。
波乱万丈の中山道の上洛旅はこれにて終了したのである。


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