鬼の生き様

「山南さん、来ないんですか?」

総司は山南に声をかけた。
たしかに今の幕府に日本は任せられない。
清河がこれから行うように、攘夷の先駆けとし、朝廷の手先となり攘夷を決行するというのは山南の考えにも通ずるものがあるのだ。

幕府につくか、朝廷につくか。

山南の心は揺らいでいた。

「サンナンさん、早く行こうぜ」

左之助も声をかけた。
平助も山南と同様、勤皇の思想の持ち主ではあったが、清河のやり方は気に入らなかった。
何より、近藤勇という男に惚れている。
しかし思想という点については、山南の考える気持ちは分かっている。

「俺は清河さんのやり方嫌いだな」

平助の言葉で山南はゆっくりと目を開けた。

「…策を講じて、人を欺く。
そのような方に、私も命を差し出す勇気がないかもしれませんね」


山南はゆっくりと立ち上がった。
決心がついたようだ。
勇についていき、多摩より世話になった歳三の補佐に徹しようと。

「私はどうやら試衛館の仲間達にゾッコンのようですね」

「あんただけじゃない」

歳三は照れ臭そうに言った。
新徳寺の境内を出て、試衛館八人、水戸一派五人の計十三名は京に残留する事に決めたのであった。

 佐々木只三郎は黒谷本陣から帰ってくると、清河の建白書の話を聞くと、息もつけないほど驚いた。

清河はとんでもない策士であった。

残留を決めた勇達に京へ残ってもらっては困るので、只三郎は江戸に帰還するよう命じたが勇の意思は固かった。

幕府を欺いた清河に、怒り心頭である只三郎は、勇や芹沢達が幕府に迷惑をかけるのではないか、と畏怖を抱き殿内義雄(とのうち よしお)と家里次郎(いえさと つぐお)を呼んだ。

殿内義雄は素行は悪いが、権力者にはよく従うおべっか使いの男である。


「殿内くん、家里くん。
君達に今後の浪士組を取り締まって頂きたい」

「清河さんはどうするんですか?」

「そちらではない。
近藤や芹沢達の残留組のほうだ。
拙者は清河と共に江戸へ下るが、京のほうも心配だ。逐一報告して頂きたい」

「かしこまりました。
しかし、あの芹沢鴨という男…」

「拙者もそれが心配なのだ。
お主らが浪士組の組頭となり、牽制(けんせい)し取り締まるのだ。
あとは粕谷新五郎という男にも残ってもらおう。
あの男は芹沢と同じ水戸の生まれだ」

そうして殿内と家里、そして荒木又右衛門の再来こと粕谷新五郎が滞京することとなった。

 そのうち新徳寺から、一番組小頭の根岸友山(ねぎし ゆうざん)が出て来た。

只三郎が訊ねると根岸は「わしは老体ゆえ、とんぼ返りで江戸に帰るのもなかなかしんどい。
家来とともに、芹沢のいう通り開花まで京に残るよ」と言った。

この時、根岸は五十三歳であった。
やれやれ、という顔を只三郎はしたが根岸のような年長者がいれば安心だろうと思った。


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