鬼の生き様

 翌日の夜、例の登楼にヒラクチの彦斎と呼ばれる男が楠小十郎によって連れられてきた。
身の丈五尺(約150cm)と小柄な男は色白で女子のような顔をしていた。
美少年の楠小十郎と並んでいると、二人の容姿があまりにも、整いすぎていて店の娘はポッと顔が紅くなった。

「お前さんがヒラクチの彦斎さんか」

「いかにも俺がヒラクチん彦斎こと肥後藩士、河上彦斎ばい。
“田中伊織”しゃん、お話は伺うとる」

 河上彦斎(かわかみ げんさい)
尊皇攘夷派の肥後藩士であり、後世、幕末の四大人斬りの一人として名を轟かせた人物である。

「こんな女子(おなご)のような者で大丈夫なのか?
しくじれば俺達の命も無くなるやもしれん」

失敗は許されないのだ。
新見は訝しげに河上彦斎を見た。
とても強そうには見えない河上を新見が疑うのも無理はない。

「任せなっせ」

にこりと微笑む河上を見て不気味に感じた。
御倉は「まぁ、呑もうではないか」といい、店娘に酒を頼み、軽い酒宴を開いた。

「そういえば、ここに来る途中に茶屋へ寄ったんだが、そこの店主が嫌な男だった」

 越後三郎は愚痴をこぼした。
自分達が壬生浪士組の隊士だと名乗ったら、あからさまに横暴な態度に変わったのだという。

共に茶屋へと行った松井竜三郎も、「そうだったでありますな」と相槌を打った。

他人の悪口というのは案外、酒の肴にはなる。

しばらくすると河上は立ち上がり、そそくさと店から出て行った。

 六人は続けて酒を飲んでは騒いでいる。
小半時(30分)ほど経って、そろそろ次の店にでも行こうかと話をしている時に、河上が戻ってきたのである。

「失礼ばした男ちゅうんな、こん男と?
あた達ん恨みば晴らしてきたばい」

と例の茶屋の店主の首級を手にし、そのまま意を介さず河上は呑みかけのお猪口を口にしはじめたではないか。
その光景に思わず、楠や店の者たちの吐き気が波が押し寄せるようにやってきた。

(さすがはヒラクチの彦斎と呼ばれている男だ)

 ヒラクチは〝蝮蛇〟と書く。
狙った物は逃がさないマムシのようで、人を斬る事に何も恐怖も喜びも喜怒哀楽を感じない河上を、敵に回したら怖い奴だと新見はもちろん、御倉達も心底思った。

「さすがは河上彦斎だ。
さて、本題を話そう。
狙ってほしいのは壬生浪士組局長、近藤勇。副長、土方歳三の両人。
まずは外堀、土方歳三だ」

河上は先程人を斬ってきたばかりだというのにも関わらず、また可愛らしい顔をにこりとして頷いた。

新見は河上に金子を手渡し、その重さに河上はキャハと可愛らしい声をあげて笑った。

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