鬼の生き様

 壬生浪士組の仕事は相撲興行の警備ばかりではない。
もちろん市中見廻りという本来の職務も忘れずに、歳三は平隊士を率いて京の町へと出た。

「壬生浪士組ん土方歳三とお見受けした」

振り返ってみると、そこには五尺前後の可愛らしい男が立っていた。

河上彦斎である。

「そうだ、と言ったら?」

河上はニコリと微笑んで愛嬌のある笑顔を見せた。
その刹那、平隊士のひとりが血飛沫を上げて斃れた。
片手で抜刀をし、片膝が地面に着くほど低い姿勢からの逆袈裟斬りである。

(……刺客ッ!伯耆流(ほうきりゅう)…か?)

伯耆流の使い手とは多摩にいた頃、石田散薬の行商で剣術修行を行っていた時に一度だけ試合った事があった。

(それにしても殺気が無え)

未だにこにことした表情を変えずに、河上ただ挨拶をしているように笑っていた。

「お前何者だ?」

「教ゆる必要はなかね。
だって今から君は死ぬるったい」

訛りが強い河上の言葉に歳三は、浪士の素性を探るように考えた。

薩摩に似ているが違う。
長州、土佐…いや、違う。
歳三は鞘を払い謎の男と対峙した。
殺気がないのが逆に恐ろしい。
流石の歳三さえも背中に冷たい厭な汗が伝い、ただ男の人斬りの目を見て悪寒を感じた。


「いかにも俺が壬生浪士組副長、土方歳三である」


生きるか死ぬか、不逞浪士を見廻りで何人も斬りつけてきたが、このような恐怖心に駆られる事は初めてである。
しかし歳三自身、まだ刀を構えもせずにだらんと右手に垂れ下げている。
河上は腰を沈めて、中段にとめジリジリと一歩ゆっくりと踏み出した。
それにつられて、歳三は上段に構え間合いをとる。

刃が鳴った。

鍔迫り合いが続くが、河上は小柄で華奢な体をしているわりには力が強く、歳三は河上を蹴飛ばすと後ずさった隙に右横面をビュッと斬った。河上は鍔元で受けたが、手首はジンと痺れた。

「なかなかやるやなかと。
ばってん、そぎゃん簡単にやらるる俺やなかばい。
もっと、楽しませてくれんよ、土方しゃん」

その喋り方を聞いて思い出した。
伯耆流の剣士と立ち会った時も同じ国訛りで、肥後脱藩だと言っていた。

なにより壬生浪士組に入隊していた副長助勤の尾形俊太郎(おがたしゅんたろう)という男も肥後国熊本藩の人間だ。

尾形は訛りを隠そうと標準語で喋るが、どことなく発音が似ていた。


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