鬼の生き様

しかしそんな一発の拳は始まりにすぎない。
まるで津波に飲み込まれるように、新見の顔面には鋭い衝撃が走り、視界がぐらりと揺れるとすぐ続けて二発、三発と蹴りや拳が飛んできた。

息を切らしながら芹沢は四発、五発、六発……。
口の中が鉄の味でいっぱいになり、少しずつ意識が薄れていき、全身から力が抜けていく。

もはや新見は自分が立っているのか、寝ているのかすらもわからない。
とうとう床に倒れこんでしまった。

芹沢は新見に馬乗りになり殴るが、その拳も次第に弱くなっていき、胸の中ががらんどうになり涙さえ出ないような悲しみに襲われた。

「ワシはお前を本当の弟のように思っていたんだ…」

芹沢はそう言うと、ポツリポツリと新見の頬に涙が落ちた。


「あぁ、俺もそうだ。
俺もアンタの事を兄貴だと思っている」


「ならば何故…どうして……。
ワシらを裏切ったのだ」


「アンタのためさ。
アンタを尊皇攘夷の魁とするために…」

新見はそう言うと優しく微笑んだ。
しかし次第に顔は悲しみに満ち溢れていく。

「俺達は水戸を追われるように京にきた。
尊皇攘夷を謳いながら、同じ徳川家ゆえにその重い腰を上げない水戸藩の連中を見返してやろうと、水戸天狗党を率いて暴れまわった」

 水戸天狗党とは、水戸藩の尊王攘夷派の呼び名である。
尊王攘夷の思想は水戸から始まったと言っても過言ではない。
水戸藩の尊王攘夷思想は、二代藩主、徳川光圀(とくがわみつくに)が始めた歴史書の『大日本史』の編纂を通じて、次第に形成されていった。

 強硬な攘夷論者であった九代藩主の斉昭(なりあき)の時代は下級の武士を登用し、質素倹約。
海防と軍備の充実、藩校弘道館の設置、全領の検地を柱とした積極的な藩政の改革を行った。
やがて黒船の来航で対外危機が高まると、斉昭は幕府の政治にも関わるようになり、斉昭達は全国の尊王攘夷派の象徴的存在となったのである。

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